癖をまた見つけた

人と話しててぎこちなくなるきっかけとして、


「ノリで話す時」という場面が多いことに気づきました。


私は小さい時から父親に何かを説明するとき、

説明に不足があれば悪い方に解釈されて怒鳴られることがよくありました。

小学生には無理なレベルを小学生で求められましたし、

最近周りを見ていると大人に求めたってクリアする人ごくわずかなレベルだと思います。

クリアするのは接客業の人が客相手の時だけでしょうね。

だって、

説明の不足だけで怒っていいのは客くらいのもんだと思います。

友達同士だろうと上司と部下だろうと、

相手が敵だとでも思っていなければそうそう進んで悪い方に解釈はしないでしょうし、

悪い方に解釈したって、

「本当にこの解釈の意味で言ってるの?」と聞くことが多そうです。

それが聞けなかった時にはトラブルが起きるかもしれませんが、

その場で怒鳴られるなんてめったにないでしょうね。

親からそれを日常的にやられてたら子供の疲弊具合大変なものになります。


ノリで話す時、

冗談とか相槌には、ほとんどの場合いちいち説明をつけられません。

説明をつけたとしても、不足なく説明するなんてほとんど不可能に思います。

ノリで話してるから、「ノリ」からはずれる長い時間説明を展開することはできないから、

時間制限が厳しいし、タイミングも重要です。

ノリなので。


ポンと投げた冗談、

冗談ってそれ一個だと解釈の幅が広い。

冗談の言葉の意味だけなら解釈はそんなに広くない場合が多いでしょうけど、

「どうしてそれを言ったのか」
「それを言う人の良識はどんなものか」

という観点からだと、

曲がった解釈の余地が出てしまいます。


私が人と会話しててどういう瞬間に緊張するのかと考えると、

「曲がった解釈をする余地を与えてしまった」瞬間なのだと思いました。

「曲がった解釈をさせてしまった」瞬間ではなく「余地を与えてしまった」瞬間なので、

ノリで会話をする場面では、

すぐに緊張するし、

だから割とすぐに会話から離脱したりも。

説明できないし、ノリで言う冗談というのは「毒」だの「ちょっと悪意めいたもの」だのが混じっていたりするので、

曲がった解釈の余地なんて半分以上の発言に含まれるんじゃないでしょうか。

っていう気がします。

だから私は、大人数で会話するのが苦手なのかな、と考えたり。


私は失敗してはいけない、という意識が常に私を支配していて。

それは、

私が失敗したなら周り中があげつらう、という意識があるから。

でもそれは考えていることではなくて、条件反射みたいなものです。

一つでもしくじったなら、

後々の袋叩きの材料にされる。

だから、後ろ指差されるようなことは決して起こさないし、

そんな事実はねつ造すらされないように注意する。


石につまづいたらここぞとばかりに周囲から袋叩きにされるんだ。

そんな条件反射の感覚があるから、

常に完璧でいなくてはいけないような強迫観念に支配されていて、

片づけられていない自分や、手続き関係が滞る自分や、

疲れて自炊ができなかった自分、語学の勉強を目標(毎日欠かさずラジオ聴いて、単語は授業数日前までには完璧、というレベル)通りにできなかった自分、

最近気分が落ち込んで歌えてない自分、でも一人カラオケに行ってしまうと時間とお金がかかったからと自分を責める自分、

楽器の練習をしてない自分、小説を書いてない自分、

小説を十分に読んでない自分、でも読んだら読んだで時間が経過するから自分を責める自分、

ケーブルテレビで映画を観ないとプランに入ってるチケットが消費しきれなくて自分を責める自分、

でも映画を観るとやっぱり時間が経過するから自分を責める自分、

100円バナナがなくて150円のバナナを買って自分を責める自分、

鶏肉の安売りを把握してないからもも肉が100g100円を超えて、

安売りの他の肉を無視してもも肉を買って自分を責める自分、

シンクに食器が一晩放置したからと自分を責めて、

絵を描いたら時間が経過するから自分を責めて、

「だからダメなんだ。ダメなんだ」と毎日毎日自分を責めます。

でもそれは、単なる条件反射で、

「自分はダメなんだ」と思うことよりも、前に進むことが大事だから、

「自分はダメなんだ」という意識の何がいいかっていうと、

「自分はダメなんだ、ダメじゃない自分になろう」と思えることに利点があると思います。

「ダメじゃない自分になろう」にこそ意味があるのであって、

「自分はダメなんだ」と自分を責め続けることには意味はない。

でも私の中に起こる「自分はダメなんだ」という意識は、

どのみち起こってしまうもので、それを否定しても始まらない。

どうしても湧き上がる自己否定は、BGMみたいなもんで、

普段は感じても感じてない。

ご飯が美味しいと店に流れてる音楽が聴こえない時がある。

でも好きな音楽が鳴ると途端に気づいて楽しくなるように、

前へ進むために、BGMを選んでる。


自己愛が強すぎて、たまに家で一人自分への(妄想の中の周囲の)賞賛の声をぶつぶつつぶやいてたりするという不気味な人なので、

はっきり言って気持ち悪い人間ですが。


不安定になるとBGMを選べない。

でもそれはそれで心の中のイベントみたいなもんで、

家で泣いてりゃいいと思ってます。

家で泣いてる分には、誰もドン引かない。

落ち込んでる時にドン引いた顔見るほど嫌な事ないですし。


空気を読めるようにはなるかもしれない。

以前よりはずっとマシにはなっているし。

でも、

「空気を読んだ人間」には一生なれないだろうと思う。

要するに、「空気を読んだ存在」「その場の空気にふさわしく溶け込む性質、性格、系統、経歴、考え方」の人間っていうものにはなれない。

だから、

私の性質、性格、系統、経歴、考え方を見ただけで眉をひそめられることは多いのかもしれないとも思う。


眉をひそめられても知らん顔してればいいし、

喜んでくれる人と話せばいい。

ただ、

私が周りに与える印象と私の今までの生き方があまりにかけはなれすぎて、

誤解されすぎて疲れる。


理不尽で頭が満たされたら文章書いて寝ればいい。

明日も頑張る。

いつも訪問ありがとうございます!
「相手を見る気ないし相手の話は聞く気ない、アドバイスをするべきだと思うからとのかくアドバイスしたい」みたいなカウンセラーって
全ての表情が中身のないドヤ顔に見えて無性にムカついてくる。
別に「一方的にアドバイスを与えることが仕事」じゃねーだろ。
それにそのアドバイスに中身があるかとかも一応吟味しろよ、と思う。
「分かってる」というシグナルを出し続けてるのに分かりきってることを「アドバイス」され続けるのホント疲れるしドヤ顔が腹立つ。
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2013/07/11 やっかいな病気 Comment(0)

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