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トンネルを抜けたら現実だった

人生楽しいです

まともな障害者とまともでない健常者
薬が減って発作がなくなって以降、

生活がとても楽になりました。

薬をたくさん飲んでいた時についた診断名は、

アスペルガー症候群。

けれど、薬が減ってからはアスペルガー的なところが、却って減っています。

レストランに行って決まったメニューしか頼まないってことはあまりなくなったし、

コミュニケーション能力も前よりはずっとよくなっています。


薬で頭が鈍って発作があった時は、物を考えるだけでも発作になった。

だからレストランに行ってもメニュー表を見て考え込んだら発作になりやすくなるし、

発作で精神が磨り減ってゆとりがなかったから、

自分のテンションを抑えたり相手の話を聞いたりってことができなかった。

アスペルガーの診断を出した医者とはお別れしたけど、

次の主治医は「アスペルガーではなさそう」って言います。


で、生活に不便な症状ってのはもう、ほとんどなくって、

症状的には健常者に近づいてきたんじゃないかと思っています。

しかし、考えていることは、あんまりまともでもないかも、と思う。


私は以前「まともな障害者」だったんじゃないかと思っているんです。

今の私が過去の私に会えば、

「ああ、普通の障害者だな」

とも思えると考えます。

「普通の障害者」っていうのは、基準があるわけがないから単に私の感覚。

精神科系の施設をいろいろと巡ったので、私なりに「普通の障害者はこんな感じ」っていう

感覚があるんです。

精神科外来によくいる、っていうイメージです。

「普通」とは何かっていうのを論じ始めたら、記事100個書いても表現しきれるわけがないし、基準なんてあるわけがないので。


現在の私は、症状がほとんど引いているので、

「普通の障害者」ではないです。

「珍しい障害者(?)」

っていうところでしょうか。

ただし最近は少し「健常者」に近くなってきているのかな、

とも感じます。症状による不便がないので。


「黒い羊の群れに一匹だけ白い羊が混じっていたら、そいつが異端なんだ」

というようなセリフを漫画で見たことがあります。

私は自分を真っ当な人間だと思っています。

社会道徳に反するようなことをする回数は日本人の平均よりも少ないような気がしますし、

割と努力家なんじゃないかっていう気もします。

が、思考の傾向が明らかにまともじゃない。

ここで言う「まとも」か「まともじゃない」かってのは、

パーセンテージの問題です。

周りを見回して、

本を読んで、

テレビを見て、

ネットをしていると、

「どうしてこんなことで悩む人が多いんだろう?」

「どうしてこういうことが人気なんだろう?」

っていう疑問が次々と湧いてくる。

考え方を変えるだけで気分が変わる。気分が変わったなら状況も改善するかもしれないのに、

考え方を変えるっていう発想自体がない。

で、「考え方を変えればいいんだよ」って偉い人に言われると、

神の声みたいな扱いをしたり。

人気のあるものは、確かに人気が出るだけある、というものもあるけど、

どうしても理解できないものも多い。というか、そっちの方が私には遥かに多い。


人間は一人ひとりが「世界人口分の一」であって平均も普通もないんだけど、

私はどうにも浮いていると思う。

私は健康になれたとしても、せいぜい

「まともでない健常者」だろうなと思う。

「みんなと同じにまともな人間」になりたいとはカケラも思いませんが。


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コメント

1. 無題

まともじゃない健常者って自分のことのようで分かりやすいでし。

読み込み中・・・

はじめまして。
コメントありがとうございます。

病気であるかそうでないかは、生活に支障があるかないかが重要な基準だと思いますが、まともかまともでないかは多数決だと思ってます。
そこそこ平和に生活できてても多数決でいったなら、私の場合は自分頭おかしいなって思います。
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